森田真生「新春スペシャルブックトーク」まとめ(1)

  京都の瑞泉寺で行われた、ミシマ社主催の森田真生「数学ブックトーク番外編 新春スペシャルブックトーク」に参加してきました。「学ぶこと、生きることが嬉しくなる、楽しくなる選書97冊」(97の理由は素数だから)というテーマで100冊近くの本を森田氏が紹介。参加費は4000円でしたが、60−70人ほどの会場は満席で、3時間半のトークが終わってみれば、知的好奇心が大いに充足され大満足でした。

 紹介された本は、恥ずかしながらほとんど読んだことはなく、タイトルや著者を何とか知っている程度のものも多かったですが、聞いた話の消化のため、またいつか読む日のため備忘録的にメモしておきます。

 ちなみに森田氏は2015年の著書『数学する身体』で第15回小林秀雄賞を受賞した、独立研究者。数学者でありながら、決して難解な数式を振りかざすことなく、数学を手がかりに身体や言葉を思想する、「超ハイレベルな文理融合」感満載な方です。

 

1.社会のなかでどう生きるか〜方外を生きる〜

トークでは、「名前を持つ個としての自分、人種(日本人)、人類、生命、存在」、というミクロな存在からマクロな存在までをレイヤー分けし、それぞれの層で、テーマに沿った本が紹介された。まずは社会と個人(私)の関わりかたを考えるための9冊。方外、つまり箱の外で生きていくこと。世界と距離を置くことで創造的になる、そんな示唆に富んだ本たちです。

 

怠惰への讃歌 (平凡社ライブラリー)

怠惰への讃歌 (平凡社ライブラリー)

 

著者のラッセルは 元々数学者だったが、後に政治哲学方面に転向。「仕事は良いものだ」という社会通念があるが、そもそも「仕事」とは物の位置を変えることに過ぎず、そんなことが人生の目的にはなり得ない、と喝破。知的に何かを創造・探求することこそが人生の目的である。著者曰く、4時間以上働くな、貯蓄は悪であり生産した分は消費すべし、「貧乏だけど働かない」を旨とせよ、云々。

 

道元 (河出文庫)

道元 (河出文庫)

 

 

芭蕉紀行 (新潮文庫)

芭蕉紀行 (新潮文庫)

 

 

悪党芭蕉 (新潮文庫) も合わせてオススメとのこと。著書の嵐山氏は芭蕉が訪れた土地を巡り、例えば「古池や 蛙飛び込む 水の音」が詠まれた土地に実際に赴き、池に蛙が飛び込む瞬間を芭蕉同様に体験してみたそうだが、蛙が水に飛び込んでも音がしなかったので、「この句は心の情景だ」と悟るに至ったらしい。フィールドワークって大事ですね。

 

芭蕉 二つの顔―俗人と俳聖と (講談社選書メチエ)

芭蕉 二つの顔―俗人と俳聖と (講談社選書メチエ)

 

 芭蕉が一切を捨てて旅人になった1つの転機として、芭蕉の妾が甥と恋仲になって出ていったこともあるのではないか...芭蕉の俗人的な面にもフォーカスを当てている本。転機の場面は、必ずしも理想的とは限らない、やむにやまれぬ事情もあるのでしょうか。

 

空海の風景〈上〉 (中公文庫)

空海の風景〈上〉 (中公文庫)

 

 

空海の風景〈下〉 (中公文庫)

空海の風景〈下〉 (中公文庫)

 

1200年前の空海の息づかいが活き活きと伝わってくる。と、ともに司馬遼太郎本人の体験も折々に登場する。空海が日本に伝えた密教では、クジャクが神聖視されているが、司馬遼太郎インドクジャクのいる大阪の動物園まで出かけ、取材している場面が面白い、などと紹介されていた。

 

草枕

草枕

 

 「智に働けば角が立つ。情に棹させば流される。意地を通せば窮屈だ。とかくに人の世は住みにくい」の有名な一文から始まる小説。

漱石はイギリスで神経衰弱し、朝日新聞に入社したのだが、当時の朝日新聞は今のドワンゴのようなもので、大してエリートでも無かった。漱石もまた方外を生きていた人である。

物語が平坦に感じられて、学生の頃は漱石ってあまり好きじゃなかったんですが、こういう文脈で紹介されると興味が湧きますね。

 

夏目漱石を読む (ちくま文庫)

夏目漱石を読む (ちくま文庫)

 

 過去の体験が現在に与える影響や、夫婦の理想的なあり方に触れている「門」の評論が珠玉。とのことですが、私はそもそも「門」が未読のため、まずはここからですね。

 

言葉の降る日

言葉の降る日

 

 死についてのエッセイ。最後のソクラテスに関するエッセイが面白いらしい。ソクラテスは文字の誕生以前・以後のちょうど境目を生きた哲学者。何か自分が行動を起こそうとすると、うるさく自分に意見を言って、その行動をやめさせようとする、「デーモン」の存在。

装丁が綺麗ですね。

 

続きます。