よそ行きのボレロ

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村上隆×名和晃平 対談@京都造形芸術大学

4か月前の話ですが。

 

2018年9月15日、京都造形芸術大学で開催された村上隆の講演と村上隆×名和晃平対談(司会:ヤノベケンジ)のメモ

 

開演数分前。村上氏がLouis Vuitton×Supremeコラボのセットアップで登場、参加者とインスタ用の写真を撮る。第一部は村上隆による氏の学生時代から現在に至るまでの経歴を、凄まじいテンポで紹介。30代前半が一番金に困っていて、数百万円の借金をしながら制作を続けていた、というのは意外だった。GEISAIには累計10億以上の私財を投じたが結局何の成果も無かった、もう学生には何も期待しない、と断言しており、話の端々から、日本や日本の若者に絶望している感が満載だった。森美術館で2015年に行った五百羅漢の展示を最後に、国内で展示会をすることはもう無いと思う、とも話していた。ひょっとしたら、このような講演が国内で聴ける機会というのもこの先そう多くないかもしれない。

プレゼンテーションは250名以上の社員を抱える会社(カイカイキキ)の紹介にも及び、アート制作をマネジメントするための組織、という観点で興味深かった。ハンバーガー屋を始めたり、ファームを手がけたり、と新機軸の事業に手を広げ、いずれは年商300億円を目指したい、と熱弁する氏の姿は、アーティストというより普通にビジネスやってる会社の代表取締役、という印象を強める。アート世界におけるワールドワイドなコミュニケーションとして、ビジネス(カネ)が有効で信頼のおけるツールである、と。

名和氏率いる「SANDWICH」は社員20名程度で、開いたプラットフォーム型組織を志向していることから、カイカイキキのような超縦割りの体制とは対照的。クリエイティビティの発揮には、カリスマ型組織が良いのか、フラットな組織が良いのか、という近年よく語られるテーマについても考えさせられる。サラリーマンのように会社組織で働くのがイヤだからアーティストになったのに、気づけば会社組織のことを考えなければいけなくなっている、という名和氏の皮肉めいた話も印象的だった。村上氏が名和氏の活動を「Effective」と評していたのもまた印象的だった。

 

2018 10.10 - 12.08の開催だったけど、これ行きそびれてた…。

名和晃平「Biomatrix」(SCAI THE BATHHOUSE|上野 - 日暮里 - 秋葉原|東京)|EXHIBITIONS | 美術手帖

新築京町屋

京都の老舗不動産会社の八清が手掛ける新築京町屋「京つむ木」、という物件を先日見つけまして。

www.hachise.jp

京都市内のマンション価格は高止まりしているので、居住面積100平米近くで5280万~5380万は魅力的に見えますね。建築現場も見てきましたが、木組みや土壁、京町屋らしい伝統構法が感じられてよい雰囲気でした。中庭同士が隣家と向き合っているのとか面白い。

惜しむらくは、最寄駅とされる烏丸線今出川駅もJR山陰本線円町駅もアクセスがかなり遠く…、最寄駅から徒歩10分圏内だったら、結構まじめに検討したかったかも。

 

市内の古き良き京町屋はここ数年でガンガン潰されてホテル用地になったりしているので(土地高騰もあり、手放す高齢者や地主も多いのだろう)、こうした持続可能なかたちで伝統的な建築が提案される試みは応援したいです。

 

 

森田真生「新春スペシャルブックトーク」まとめ(1)

  京都の瑞泉寺で行われた、ミシマ社主催の森田真生「数学ブックトーク番外編 新春スペシャルブックトーク」に参加してきました。「学ぶこと、生きることが嬉しくなる、楽しくなる選書97冊」(97の理由は素数だから)というテーマで100冊近くの本を森田氏が紹介。参加費は4000円でしたが、60−70人ほどの会場は満席で、3時間半のトークが終わってみれば、知的好奇心が大いに充足され大満足でした。

 紹介された本は、恥ずかしながらほとんど読んだことはなく、タイトルや著者を何とか知っている程度のものも多かったですが、聞いた話の消化のため、またいつか読む日のため備忘録的にメモしておきます。

 ちなみに森田氏は2015年の著書『数学する身体』で第15回小林秀雄賞を受賞した、独立研究者。数学者でありながら、決して難解な数式を振りかざすことなく、数学を手がかりに身体や言葉を思想する、「超ハイレベルな文理融合」感満載な方です。

 

1.社会のなかでどう生きるか〜方外を生きる〜

トークでは、「名前を持つ個としての自分、人種(日本人)、人類、生命、存在」、というミクロな存在からマクロな存在までをレイヤー分けし、それぞれの層で、テーマに沿った本が紹介された。まずは社会と個人(私)の関わりかたを考えるための9冊。方外、つまり箱の外で生きていくこと。世界と距離を置くことで創造的になる、そんな示唆に富んだ本たちです。

 

怠惰への讃歌 (平凡社ライブラリー)

怠惰への讃歌 (平凡社ライブラリー)

 

著者のラッセルは 元々数学者だったが、後に政治哲学方面に転向。「仕事は良いものだ」という社会通念があるが、そもそも「仕事」とは物の位置を変えることに過ぎず、そんなことが人生の目的にはなり得ない、と喝破。知的に何かを創造・探求することこそが人生の目的である。著者曰く、4時間以上働くな、貯蓄は悪であり生産した分は消費すべし、「貧乏だけど働かない」を旨とせよ、云々。

 

道元 (河出文庫)

道元 (河出文庫)

 

 

芭蕉紀行 (新潮文庫)

芭蕉紀行 (新潮文庫)

 

 

悪党芭蕉 (新潮文庫) も合わせてオススメとのこと。著書の嵐山氏は芭蕉が訪れた土地を巡り、例えば「古池や 蛙飛び込む 水の音」が詠まれた土地に実際に赴き、池に蛙が飛び込む瞬間を芭蕉同様に体験してみたそうだが、蛙が水に飛び込んでも音がしなかったので、「この句は心の情景だ」と悟るに至ったらしい。フィールドワークって大事ですね。

 

芭蕉 二つの顔―俗人と俳聖と (講談社選書メチエ)

芭蕉 二つの顔―俗人と俳聖と (講談社選書メチエ)

 

 芭蕉が一切を捨てて旅人になった1つの転機として、芭蕉の妾が甥と恋仲になって出ていったこともあるのではないか...芭蕉の俗人的な面にもフォーカスを当てている本。転機の場面は、必ずしも理想的とは限らない、やむにやまれぬ事情もあるのでしょうか。

 

空海の風景〈上〉 (中公文庫)

空海の風景〈上〉 (中公文庫)

 

 

空海の風景〈下〉 (中公文庫)

空海の風景〈下〉 (中公文庫)

 

1200年前の空海の息づかいが活き活きと伝わってくる。と、ともに司馬遼太郎本人の体験も折々に登場する。空海が日本に伝えた密教では、クジャクが神聖視されているが、司馬遼太郎インドクジャクのいる大阪の動物園まで出かけ、取材している場面が面白い、などと紹介されていた。

 

草枕

草枕

 

 「智に働けば角が立つ。情に棹させば流される。意地を通せば窮屈だ。とかくに人の世は住みにくい」の有名な一文から始まる小説。

漱石はイギリスで神経衰弱し、朝日新聞に入社したのだが、当時の朝日新聞は今のドワンゴのようなもので、大してエリートでも無かった。漱石もまた方外を生きていた人である。

物語が平坦に感じられて、学生の頃は漱石ってあまり好きじゃなかったんですが、こういう文脈で紹介されると興味が湧きますね。

 

夏目漱石を読む (ちくま文庫)

夏目漱石を読む (ちくま文庫)

 

 過去の体験が現在に与える影響や、夫婦の理想的なあり方に触れている「門」の評論が珠玉。とのことですが、私はそもそも「門」が未読のため、まずはここからですね。

 

言葉の降る日

言葉の降る日

 

 死についてのエッセイ。最後のソクラテスに関するエッセイが面白いらしい。ソクラテスは文字の誕生以前・以後のちょうど境目を生きた哲学者。何か自分が行動を起こそうとすると、うるさく自分に意見を言って、その行動をやめさせようとする、「デーモン」の存在。

装丁が綺麗ですね。

 

続きます。